視点を変えるとあら不思議 – Just another WordPress site


2014年8月16日

使えないものはないけれど…

Category: 未分類 – syuusaku3132 11:01 AM

使えないものはないわけですが、一見使えないように見えるものを使えるようにするには、けっこう頭を使います。そのプロセスがめんどくさすぎるので、使えないとパッと見で判断したものは、できるだけ手にしない方がいいですね。それよりも、明らかに使えるものを見つけて、それを使いこなすほうが時間を節約することができます。時間の節約は意外と大切なことですよ。ついつい忘れてしまうことでもありますが、私達の手持ちの時間というのは、本当に限られています。命は必ず終わるときがくるからです。だから、時間が節約できる場面に遭遇したら、できるだけ節約したほうがいいということですね。

こういうことを考えていると、自分が今やっていることについて、今一度振り返る機会が与えられます。あなたがやっていることの中で、実はあなたがやらなくてもいいことというのはかなり多いでしょう。そういうことは他人に任せるという判断ができるかどうかが、あなたの今後の時間の使い方に大きく影響を与えるということでもあります。他人に任せることができる人は、より、時間を有効に使うことができるということでもありますね。あなたはどっちを選びますか?好きなほうを選んでもいいと思いますが、基本的には任せるという選択をしたほうが、あなたの人生はより充実すると思いますよ。

2014年7月18日

音楽の聴き方を考えてみる

Category: 未分類 – syuusaku3132 10:44 AM

音楽の聴き方というのは色々な方法がありますね。例えば、聞く環境という視点で考えると、イヤホンで聞くのか、ヘッドホンで聞くのか、はたまたスピーカーで聞くのかで、印象は大きく異なることになります。私が一番好きなのは、そこそこの値段がするスピーカーで音楽を聴くことでしょうか。イヤホンの場合、それほど高いものを買わないということもあり、音が明らかに濁って聞こえてきてしまいますから。それよりも、家でスピーカーを使って音を出したほうがかなりクリアに聞こえますからね。

こういった出力部分について考える聴き方もありますが、音楽そのものをどういう風に聞くかという視点でも考えることができます。同じ音楽を聴いたとしても、そのときの気分によって良く感じたり悪く感じたりすることは多いです。そういうことが起こる原因は、音楽が持っている感情と自分が今持っている感情が一致していないということが多いですね。感情を一致させるためには、こちらの表情を変えることで解決することが多いです。音楽が持っている表情と、私自信の表情を一致させるだけで、音楽がかなり心地よく聞こえるようになります。これを実践することができるようになると、多くの曲を好きになることも可能ですから、オススメですよ。

この力を手に入れてからは、最後まで聞くことができる曲が増えたように感じます。今まで、途中で飛ばしてしまった曲というのは、私がその曲の表情、感情に共鳴していなかっただけの話だったということが多いですから。まぁ、稀に、本当にどうしようもない曲というのもあります。表情がない曲というのは実在しますから、こういう曲は本当にもう、どうしようもないですね。ただ、こういう曲はこういう曲で、使い道はあります。自分だったらこうするという考えをしっかりと持てるようになるということです。明らかに表情に乏しくて、誰の心にも響かないと私が判断したとします。なぞそういう演奏になっているかということを考えると、成長につながるんですね。良いと感じる曲と駄目と感じる曲の線引きが明白になるということです。そういう線引きを行えるようにしてくれる曲が、駄目な曲ということですね。

結局のところ、使い道のないものというのはないという結論に至りました。それは当然といえば当然の話です。短所に見えることが、別の視点で見ると明らかに飛びぬけた長所になるということは普通の話であることと同じことですね。

2014年7月16日

子どもの視点と大人の視点

Category: 未分類 – syuusaku3132 10:44 AM

子どもの視点と大人の視点。何が違うかというと、目線の高さです。子どもの場合はまだ身長が伸びきっていないということもあり、色々なものを見上げることが多いです。だから、自然とものの見え方も異なってくるので、当然のことながら、感じ方も違ってくるというわけですね。一方大人の場合は、もう身長も伸びきっているということもありますし、見上げるという機会は少なくなります。だから、ものを俯瞰して見ることができるわけですから、当然そのものに対する感じ方も異なるということです。

子どもの視点を持ちたいなら、視点の位置を子どもと同じくらいに落としてみるのが第一に必要なことですね。もちろん、こういったパッと実践できることだけではないのが、子どもの視点を持つことの難しさでもあるわけです。子ども独自の考え方というのがあります。とは言っても、限りある知識を組み合わせることができるのが子どもの大きなポイントです。私達は組み合わせる必要がないほど、知識をすでに持ってしまっているので、子どものように知識と知識をつなぐというチャレンジができなくなっているだけだったりします。子どもが天才に感じることがある親が多いと聞きますが、その正体は、実はそういう部分だったりするんですね。子どもは知識がものすごく限られているから、それらの知識を組み合わせることに長けています。だから、私達が思いもつかないと感じるようなことを平気でできてしまうんですね。でも、このからくりがわかっているなら、私達もまた、子どものように感覚で取り組むことが可能ということです。

少し例を考えてみましょうか。子どもが割と初期に使えることができるようになる道具としては、エンピツというものがありますね。私達は鉛筆というものの使い方を知っています。そう、字を書くということですね。でも、子どもはその使い方に限定することはあまりありません。もしかしたら、エンピツを使ってご飯を食べるという行動に出る可能性もあります。だって、エンピツの形って、おはしに似ていますからね。

この出来事を考えてみると、子どもは本来の用途以外の使い方を、形が共通しているという部分から見出しています。ですが、これは大人はなかなかできないんですね。だって、ものの使い方を知りすぎていますから。こういうときはこれを使うという割り当てがほとんどできてしまうので、新しく組み合わせる必要がないということです。これが子どもと大人の大きな差ということができますね。

2014年7月9日

通常生活していると

Category: 未分類 – syuusaku3132 10:18 AM

通常の生活をしていると、「万」の単位までしか使わないですね。「億」とか「兆」とかは全然私には馴染みのない言葉です…この話は広がらないので、ココでやめます(笑)

そういえば、ここ最近は私も本を読むことがだいぶ当たり前になってきました。3ヶ月くらい前までは、見るのもいやだった本ですが、今では、もうかなり習慣化してきて、読むことが生活の一部に組み込まれているような感覚です。どうしてこんなに読めるようになったのでしょうか?

その理由は簡単です。読む必要性が生じてきたからなんですね。これに尽きます。必要なことなら、さっさと習慣化したほうがいいということで、毎日地道に本を読むということを繰り返してきました。元々本を読むスピードが劇的に遅い私でしたから、1冊読むのも最初は一苦労だったと記憶しています。でも、毎日読んでいると、当然、もっと早く読めるようになりたいという欲求が生まれてくるんですね。そこから、少しずつ読み方を工夫したり、本の読み方について書いてある本を読み始めたり…それで、今となっては、初期の状態よりも3倍くらいのスピードで読めるようにはなったでしょうか。スピードが上がってくると、当然入れられる知識の量も増えてきますからね。良いことが多いというのはあります。もっとスピードを上げることもできるでしょうし、最終的には1日で1冊くらいは読めるようになりたいですね。そうすれば、一年で300冊以上は読むことになりますから、かなり良い感じです。

最高なのは、一年で1000冊くらい読めるようになることでしょうか。でも、今はまだ無理ですね。1日中本を読めるというのであれば、今の読書スピードなら実現可能ですが、それは無理ですから。それに、本を読むこと自体が目的でもありませんし。でも、1日3冊ペースで読めれば、相当いいなとは思います。目指すのもアリかもしれないですね。どうせ毎日、本は読むのですから、スピードを極限まで上げるということはやるべきだと思います。早く読めば読むほど、記憶に残りやすいというメリットもありますし。少しずつ早く読めるようになって気がついたことです。だから、1日3冊読めるくらいのスピードになったら、もっと色々と記憶できるようにもなるような気がしています。そうなったら、とても良いな~って思うんですよね。なんだかこれからの読書ライフが楽しみになってくる話でした。

2014年6月21日

人と話すとあら不思議

Category: 未分類 – syuusaku3132 9:35 AM

人と話すとあら不思議なことが起こることが多いです。私と完全に同じ考え方を持っている人はこの世には絶対にいないと思っているので、人と話すと、必ず新しい発見があります。それを見つけるのが楽しくてたまりません。昔は、考え方が近い人と話すのは楽だと思っていましたし、そういう人たちとばかり話していましたが、最近は変わってきたということですね。違う考え方を持っている人ほど、私は新しい発見を得ることができます。それに、単純な話、違う考え方を持っている人と話をするのは、かなり好奇心を持って聴くことができます。

似たような考え方の人と話をすると、相手の話している内容の結論が、相手が言う前に見えてくることがあるんですね。これはこれで、いいのですが、やはり結論の予想がつかない人と話をするほうが、ワクワクするのは間違いないですね。この感覚は、あるドラマとか、物語をみているときの心境に近いかもしれません。どんな展開になるのか全然わからないというようなドラマはめちゃくちゃ面白いですから。

こうしてみると、人というのは、どんどん考え方が変わるものなんだなと改めて思います。私個人のレベルでも相当考え方が変わってきていますから、これを日本全体で考えると、ものすごい変化の流れがあるということなのかもしれませんね。流行も変化しますし、人の好みも変化する。この変化というのが、とても世の中を面白くしているのかもしれないですね。

2014年4月20日

最近のゲームはつまらないのでしょうか

Category: 未分類 – syuusaku3132 4:03 PM

最近のゲームはつまらないのでしょうか。
なんとなく気になる話題です。

というのも、
私も子どもの頃はかなりゲームをしていました。

当時は、
ゲームをしているだけで、
かなり楽しい気分になることができましたが、
最近はそうでもありません。

この原因はどこにあるんでしょうか。
ちょっと考えてみました。

例えば、
ゲームの話題になると、
最近のゲームがつまらないという人が一定数います。

ですが、
これは真実なのでしょうか。

私の経験を振り返ってみると、
必ずしもそうではないような気がします。

最近、子どもの頃にはまっていたゲームをやったのですが、
あまり面白くありませんでした。

同じゲームだから飽きているのか?
そういう思いもありましたが、
子どもの頃は同じゲームを繰り返しして楽しんでいました。

だとすると、
私が年を重ねていることに原因があるのではないか?
とちょっと思いました。

ですが、
原因を特定することは難しそうです。

というのも、
この記事を書きつつも、どうしてなのか、
よくわからないな~という思いと共に、
執筆しているからです。

よくわからない問題ですね。

2014年4月15日

私が好きなものは…

Category: 未分類 – syuusaku3132 3:55 PM

私が好きなものは納豆です。
納豆、大好きです。

納豆そのものも好きですが、
ごはんとの相性が抜群なのが素晴らしいです。

そう、
私は納豆ごはんだけでも、
十分に満足な食事になります。

なんとまぁ安上がりな(笑)

なんで、いきなり納豆が好きかを公言したか。

それは、
自分の好きなものをはっきりと認識すると、
気分よく過ごせるからです。

納豆が好き。
もうちょっとよく考えて見ましょう。

納豆のどこが好き?
味も好きですが、あの食感、ねばねばした感じもたまりません。

ここでわかることが1つ。
じゃあ、ねばねばしたものなら他のものも好きかもしれません。

例えば、とろろ。
私、大好きです。

例えば、おくら。
好きな部類に入ります。

このように、好きなもののどこが好きなのか、
はっきり自覚することで、
他の好きなものを見つけやすくなるんですね。

そうなると、どうなるか。
単純な話、気分良くなります(笑)

誰だって、好きなものを食べたら、
気分が良くなると思います。

その、好きなものの確率上げるために必要なこと、
それは、自分が好きな食べ物の性質を理解することです。

そうすると、
別の食品でも、
同じ性質をもったものは好きである可能性が高いですから。

何もこれは食品に限ったことではありません。

色々なことに応用できることでもあるんですね。

2014年4月13日

私達の身の回りにあるものはほとんどすべて

Category: 未分類 – syuusaku3132 3:48 PM

私達の身の回りにあるものはほとんどすべて、
重力があることが前提として作られています。

例えば、机。
足がついていますが、
これは机という物体が地球に引っ張られているから、
下にしか足がついていないんですね。

もしも、無重力なら、
下向きに足がついているだけなら、
全く物足りません。

床や壁に固定する必要があるんですね。

ということは、
私たちがイメージとしてもっている机とは、
だいぶ違う形になるということは、
容易に想像できます。

足がない机。
なんと不思議な感じです。

というか、
それってただの板では?笑

立派な板があれば十分なのでは?笑

と思ってしまうくらい、
私達の常識からはかけ離れた机が誕生するのでしょう。

おそらく、
私が生きている間に無重力空間に当たり前に
人間が生活することはありませんが、
重力がものの形に大きく影響しているということを
理解しておくことは大切だと感じています。

なぜか?
新しいデザインを生みやすくなるからです。

椅子にしても机にしても、ベッドにしても、
どれも足が付いているではありませんか。

足がついていない椅子、ベッド、机があったら、
それだけで注目を引きやすくなります。

そう、簡単に斬新なデザインを生むことができるんですね。

2014年4月10日

お箸は何のためにあるのか?

Category: 未分類 – syuusaku3132 3:42 PM

お箸は何のためにあるのか?

食べ物を取って口元に運ぶためにあるんですね。

なぜ、食べ物は口元にないんでしょうか?
それは、地球の重力によって引っ張られているからですね。

そう、地球の重力があるから、
食べ物をとるためにお箸が必要なんです。

それでは、
無重力空間で食事をするとしたら?
お箸は必要なのでしょうか?

必要ないんじゃないのかな?という思いがあります。

というのも、
無重力ですから、
食べ物は浮くことができるわけですね。

それに向かって顔を伸ばして口に含めば、
お箸がなくともなんとかなってしまうのではないでしょうか。

それが熱いものだとしても、
冷めるまでまてばいいわけですし。

人間が宇宙、というか無重力空間で暮らすことが当たり前になったら、
お箸というものの存在がなくなることもありうるかもしれませんね。

…と思ったのですが、やっぱりおはしは必要なのかもしれません。

というのも、
火で調理する場合、
素手で食材をかき混ぜることができません。

ということは、
やっぱり箸は必要か?

と思ったのですが、そこは、
超強力な耐熱グローブがあれば解決できそうです。

そう、調理用耐熱グローブ。
こんなものが発明されることもあるのかもしれませんね。

2014年4月5日

コップの役割

Category: 未分類 – syuusaku3132 3:29 PM

使わない日はないというほど、
頻繁に使われているコップというアイテム。

これの役割は何でしょうか?
なんて疑問文にするまでもなく、
コップの役割は液体を入れても、
液体がばらばらにならないところにあるといえます。

そう、液体の確保が役割ということですね。
もちろん、それに付随して、
その液体を飲むことができるというのも、
大きな利点です。

ですが、よく考えてみてください。
液体の確保が第一の役割ということは、
必ずしも、あの形状ではなくてもいいということではないでしょうか。

たとえば、
スーパーボールのようなものの中に、水が入っているものを想像してみましょう。

そのボールを口に含むと、
すっとボールの外側が溶けていき、
水を取り入れることができます。

言ってしまうなら、
液体を飲むのではなく、
液体を食べるような感覚でしょうか。

コップから水分を補給する場合、
その動作は飲むというにふさわしい動きです。

ですが、
さきほどいったようなスーパーボールのようなものを口に含む場合、
食べるという動作と同じですから、
液体を食べるという言葉がしっくりときます。

こんな商品があったら面白そうですね。
どこかにあったら、
見てみたいものです。